5/21(土)ゆずりはサロン兵庫開催(参加8名)
月定例会の『委ねる』で持ち越したものがあるという声があり、別角度から掘り下げました。
その入り口を『迷惑』という言葉としましたが、「委ねる心になる前に、人に迷惑をかけたくないと考えてしまう私達ですね」という共通点が立ちはだかり、行き詰まりかけます。
こんな時はスマホ
『迷惑というのは迷い惑うということで、どうしていいのか分からなくなる事を意味していた』・・・見つけた解釈が扉を開いてくれました。
そういえば高齢の母親を看た方、夫を自宅で看取った方、がん闘病中で入退院を繰り返す夫の世話をする方。その三人が口を揃えて言うのは・・・『本人は迷惑をかけてばかりで申し訳ないと言うけど、やるべき事がハッキリしている道なので、あの人を前にした時は私から弱音など出てこない』
凛として口にする彼女達の思いは、きっと患者からは見えないのです。
そう、その思いを持ってくれている人が前にいてくれるなら、自分の思いは要らぬもの。そこに疑いを持たなければ、きっと委ねられる
ファシリテーター 宮本直治


